盛岡家庭裁判所水沢支部 昭和52年(家)173号 審判 1977年12月06日
申立人 (戸籍上の表示) 田口カヨ(仮名)
(事実) 田口ヤエ(仮名)
事件本人 (亡) 田口与三郎(仮名) 外一〇名
主文
別紙戸籍訂正目録記載の各戸籍訂正を許可する。
理由
(申立の趣旨および実情)
申立人は、主文同旨の審判を求め、その実情として次のとおり述べた。
1 申立人は戸籍上田口与三郎妻カヨと表示されているが、事実は父田口嘉一郎母タツノの間に生れた三女ヤエである。他方、戸籍上高田辰之助の妻ヤエと表示されている事件本人は、事実は父高田壮吉、母キヌイの二女として生れた二女カヨである。
2 申立人と事件本人高田カヨ(戸籍上は高田ヤエ)は、婚姻に際し、誤つて互の戸籍を取り違えてそれぞれ婚姻届をなしたものである。
3 それぞれの夫である田口与三郎、高田辰之助は既に死亡しているが、誤つた婚姻届にもとづいて記載された関係各戸籍を真実に合致させるため本件申立に及んだ。
(当裁判所の判断)
本件記録添付の各戸籍・除籍謄本、証明書、家庭裁判所調査官伊藤徳志作成の調査報告書、申立人および事件本人高田ヤエ、同田口利夫、同高田誠の各審問の結果を総合すれば、申立の趣旨記載の事実のほか以下の事実が認められる。
1 申立人は戸籍上岩手県水沢市○○○○×丁目××番地田口与三郎(昭和三四年一〇月一〇日死亡)の妻カヨ(父亡高田壮吉、母キヌイ二女、大正元年一一月一〇日生)と表示されているが、真実は岩手県胆沢郡○○○村○○字○○×番地戸主田口康之助の弟田口嘉一郎とその妻タツノの三女として明治四二年一一月二五日生れたヤエである。(なお、ヤエの生年月日はその後戸籍改製の際明治四二年一〇月二五日と誤記され今日に至つている。)
2 申立人は家庭の事情で両親から離れて、戸主である田口康之助方において養育され昭和二年六月ごろ岩手県胆沢郡○○○村○○字○○×番地戸主田口清一郎の弟田口与三郎のもとに嫁いだが、昭和八年六月一四日二人の間に長男(利夫)が生れたので、あらためて婚姻届を出そうとしたところ、戸籍上の田口ヤエは、すでに昭和二年三月三一日に同県胆沢郡○○○村○○字○○○××番地戸主高田壮吉の弟高田辰之助と婚姻したことになつており、除籍されていたことが判明した。
3 申立人および夫田口与三郎が事情を調べたところ、田口康之助の長男田口勇之助の妻ヨシエの実家にあたる高田壮吉方からの依頼があつて、壮吉の弟辰之助と壮吉の二女カヨが叔父・姪の関係ではあるが互に好き合つているので結婚させてやりたいため戸籍上だけ田口ヤエと高田辰之助が婚姻したこととしてその旨の虚偽の婚姻届をなしたものであつた。
4 申立人としては、田口康之助方で養育された恩義があり、また、高田辰之助には当時すでに二人の子供が生れていたことを知つて、上記虚偽の婚姻届を訂正することを断念し、やむなく、昭和八年六月一九日戸籍上の上記高田カヨと田口与三郎との婚姻届をなすことによつて自己の婚姻届に代え、同日長男利夫の出生届をした。同日以後も、申立人は親戚や友人の間では田口ヤエと呼ばれていたが、市役所関係その他の公的生活の面では田口カヨとして扱われるに至つた。その後、長女洋子が生れたが、田口与三郎は昭和三四年一〇月一〇日死亡した。
5 上記のとおり戸籍上の高田ヤエは、高田壮吉・キヌイの二女として大正元年一一月一〇日生れたカヨである。同女は東京世田谷の某家の女中として働いていたころ、同じく東京で工員として働いていた高田辰之助から求婚され、結婚したが、二人が叔父・姪の関係にあるため、上記のとおり親類が相談のうえ虚偽の婚姻届をなしたものである。二人の間には事件本人高田知子、同忠、同健、同誠、同賢が生れたが、昭和二一年八月三日高田辰之助は死亡した。事件本人高田カヨも親戚の間では婚姻前と同じようにカヨと呼ばれているが、戸籍上の表示および公的な生活では高田ヤエとして扱われている。
6 申立人は昭和三四年に夫田口与三郎が死亡してから、長男利夫とともに虚偽の婚姻届から生じた戸籍の記載を訂正したいと考えるに至つた。他方、事件本人の高田ヤエことカヨは、本件申立の当初は婚姻後五〇年以上経過し、現在のままでそれほど社会生活上不便を感じないとして、本件申立に消極的であつたが、本件審問の結果、申立人の真情を理解し、本件訂正に異論はない旨述べている。
以上認定の事実をもとに、本件戸籍訂正許可申立の可否について判断する。もし、婚姻届の意義を厳格に解するならば、本件の二組の婚姻届は、いずれも配偶者の表示が真実に反した虚偽のものであり、したがつていずれの婚姻も無効といわざるをえない。その結果、申立人と田口与三郎の夫婦、事件本人高田ヤエことカヨと高田辰之助の夫婦はいずれも法律上は内縁関係に過ぎず、それぞれの夫婦間に生れた子はいずれも非嫡出子となろう。しかしながら、他方、この二組の婚姻は、全くの無届の内縁とは異なるのであり、むしろ、この二組をいわばワンセットとしてとらえるならば、配偶者の表示さえとりかえれば有効な婚姻届がなされているものと解する余地もないではない。とりわけ申立人としては、前記認定のとおり、自己の不知の間に戸籍上第三者と婚姻させられていたものであつて、長男を嫡出子として出生届をするため、やむをえず高田カヨの戸籍を利用して婚姻届をなしたのであり、これをあながち非難することはできない。他方、事件本人高田ヤエことカヨとしても、法律上婚姻届が受理されないため、親類達が無知とはいえ申立人の戸籍を利用して虚偽の婚姻届をなさしめたものであり、その背景には二人の間に生れてくる子供を非嫡出子とさせないようにとの配慮があつたものと思われる。現在の法制においても、近親婚の届出があやまつて受理されることはあり得るのであり、受理された以上はそれが取消されるまでは有効な婚姻であることをあわせ考えるならば、この際、本件二組の婚姻は一応有効なものとして扱い、ただそれぞれの妻の表示が錯誤によつてとり違えられたものとみて、関係戸籍の訂正を認めるのが事案の解決として最も妥当な方法であると考えられる。
よつて本件戸籍訂正許可申立を相当と認め、主文のとおり審判する。
(家事審判官 奥山興悦)
戸籍訂正目録
第1田口カヨ(事実上田口ヤエ)関係
1 岩手県胆沢郡○○○町大字○○字○○町○××番地戸主田口嘉一郎の改製原戸籍中、戸主田口嘉一郎の身分事項欄末尾の「昭和三二年法務省令第二七号により昭和三七年二月二〇日あらたに戸籍を編製したため本戸籍消除」の記載を抹消して本戸籍を回復したうえ
参女ヤエの身分事項欄の記載を全部削除し、新たに「胆沢郡○○○村○○字○○×番地戸主田口清一郎弟与三郎ト婚姻届出 昭和八年六月二七日○○○村長高橋与平受付、同月三〇日送付除籍」と記入。出生欄に「明治四二年一〇月二五日」とあるを「明治四二年一一月二五日」と訂正
する。
2 岩手県水沢市○○○字○○×番地戸主田口清一郎の改製原戸籍中、戸主田口清一郎の身分事項欄末尾の「昭和三二年法務省令第二七号により、昭和三七年一二月一五日あらたに戸籍を編成したため本戸籍消除」の記載を抹消して本戸籍を回復したうえ
(1) 弟与三郎の身分事項欄の婚姻届出事項中「高田カヨ」とあるを「田口ヤエ」と訂正
(2) 弟妻カヨの欄を全部消除し、新たに前記1記載の戸籍から同人の参女ヤエを別紙1のとおり記入
(3) 甥(長男)利夫の身分事項欄の出生届出事項中「母カヨ」とあるを削除し、母の欄に「カヨ」とあるを「ヤエ」と訂正(編注・本出生届は父母両名からなされたものである。)
(4) 姪(長女)洋子の母の欄に「カヨ」とあるを「ヤエ」と訂正
する。
3 岩手県水沢市字○○××番地戸主田口与三郎の改製原戸籍中、戸主田口与三郎の身分事項欄末尾の「昭和三二年法務省令第二七号により昭和三七年五月一〇日あらたに戸籍を編製したため本戸籍消除」の記載を抹消して本戸籍を回復したうえ
(1) 戸主田口与三郎の身分事項欄の婚姻届出事項中「高田カヨ」とあるを「田口ヤエ」と、同欄の死亡届出事項中「田口カヨ」とあるを「田口ヤエ」と訂正
(2) 妻カヨの欄を全部消除し、新たに前記2記載の戸籍から弟妻ヤエを別紙2のとおり記入
(3) 長男利夫の身分事項欄の出生届出事項中「母カヨ」とあるを削除し、母の欄に「カヨ」とあるを「ヤエ」と訂正(編注・本出生届は父母両名からなされたものである。)
(4) 長女洋子の母の欄に「カヨ」とあるを「ヤエ」と訂正
する。
4 岩手県水沢市○○○○×丁目××番地、筆頭者田口与三郎の戸籍中
(1) カヨの欄を全部消除し、新たに前記3記載の戸籍から妻ヤエを別紙3のとおり記入
(2) 長女洋子の母の欄に「カヨ」とあるを「ヤエ」と訂正
する。
5 岩手県水沢市○○○○×丁目××番地筆頭者田口利夫の戸籍中夫利夫の母の欄に「カヨ」とあるを「ヤエ」と訂正する。
6 岩手県水沢市○○町×番地筆頭者村井博の戸籍中、妻洋子の母の欄に「カヨ」とあるを「ヤエ」と訂正する。
第2高田ヤエ(事実上高田カヨ)関係
1 岩手県胆沢郡○○○村○○字○○○××番地戸主高田壮吉の除籍中、戸主高田壮吉の身分事項欄末尾の「昭和一八年一〇月一五日高田久志ノ家督相続届出アリタルニ因リ本戸籍ヲ抹消ス」の記載を抹消して本戸籍を回復したうえ
(1) 弐女カヨの身分事項中婚姻届出事項の記載を全部消除し、新たに「同籍弟辰之助ト婚姻届出昭和二年五月三一日受付、昭和一五年二月二九日、夫辰之助分家ニ付共ニ除籍」と記入
(2) 弟辰之助の身分事項欄の婚姻届出事項中「田口ヤエ」とあるを「同籍カヨ」と訂正
(3) 弟妻ヤエの欄を全部消除
(4) 姪(長女)知子、甥(長男)忠、同(弐男)健、同(参男)誠、同(四男)賢の母の欄に「ヤエ」とあるを「カヨ」とそれぞれ訂正する。
2 岩手県胆沢郡○○○村○○字○○○××番地戸主高田辰之助の除籍中、戸主高田辰之助の身分事項欄末尾の「昭和二一年八月二六日高田忠ノ家督相続届出アリタルニ因リ本戸籍を消除ス」の記載を抹消して本戸籍を回復したうえ
(1) 戸主高田辰之助の身分事項欄の婚姻届出事項中「田口ヤエ」とあるを「高田カヨ」と、同欄の死亡届出事項中「高田ヤエ」とあるを「高田カヨ」とそれぞれ訂正
(2) 妻ヤエの欄を全部消除し、新たに前記第2の1記載の戸籍から弟妻カヨを別紙4のとおり記入
(3) 長女知子、長男忠、弐男健、参男誠、四男賢の母の欄に「ヤエ」とあるを「カヨ」とそれぞれ訂正する。
3 岩手県胆沢郡○○村○○○字○○○×××番地、戸主高田忠の改製原戸籍中、戸主高田忠の身分事項欄末尾の「昭和三二年法務省令第二七号により昭和三八年四月三〇日あらたに戸籍を編製したため本戸籍消除」の記載を抹消して本戸籍を回復したうえ
(1) 戸主高田忠の身分事項欄の家督相続届出事項中「高田ヤエ」とあるを「高田カヨ」と、母の欄に「ヤエ」とあるを「カヨ」とそれぞれ訂正
(2) 母ヤエの欄を全部消除し、新たに前記第2の2記載の戸籍から妻カヨを別紙5のとおり記入
(3) 姉知子、弟健、同誠、同賢の母の欄に「ヤエ」とあるを「カヨ」とそれぞれ訂正
する。
4 岩手県胆沢郡○○町○○○字○○○×××番地筆頭者高田ヤエの戸籍中
(1) 筆頭者氏名欄に「高田ヤエ」とあるを「高田カヨ」と訂正
(2) ヤエの欄を全部消除し、新たに第2の3記載の戸籍から母カヨを別紙6のとおり記入
(3) 長女知子、弐男健、参男誠、四男賢の母の欄に「ヤエ」とあるを「カヨ」とそれぞれ訂正
する。
5 岩手県○○郡○○町○○○字○○○×××番地筆頭者高田忠の戸籍中、夫忠の母の欄に「ヤエ」とあるを「カヨ」と
訂正する。
6 岩手県○○郡○○町○○字○○○×番地筆頭者高田健の戸籍中、夫健の母の欄に「ヤエ」とあるを「カヨ」と
訂正する。
7 岩手県○○郡○○町○○字○○○×番地筆頭者高田誠の戸籍中夫誠の母の欄に「ヤエ」とあるを「カヨ」と
訂正する。
8 岩手県○○郡○○町○○字○○○×番地筆頭者高田賢の戸籍中、夫賢の母の欄に「ヤエ」とあるを「カヨ」と
訂正する。
9 第1の1記載の戸籍中、戸主田口嘉一郎の身分事項欄末尾に「昭和三二年法務省令第二七号により昭和三七年二月二〇日あらたに戸籍を編製したため本戸籍消除」と記載する。
10 第1の2記載の戸籍中、戸主田口清一郎の身分事項欄末尾に「昭和三二年法務省令第二七号により昭和三七年一二月一五日あらたに戸籍を編製したため本戸籍消除」と記載する。
11 第1の3記載の戸籍中、戸主田口与三郎の身分事項欄末尾に「昭和三二年法務省令第二七号により昭和三七年五月一〇日あらたに戸籍を編製したため本戸籍消除」と記載する。
12 第2の1記載の戸籍中、戸主高田壮吉の身分事項欄末尾に「昭和一八年一〇月一五日高田久志ノ家督相続届出アリタルニ因リ本戸籍ヲ抹消ス」と記載する。
13 第2の2記載の戸籍中、戸主高田辰之助の身分事項欄末尾に「昭和二一年八月二六日高田忠ノ家督相続届出アリタルニ因リ本戸籍ヲ抹消ス」と記載する。
14 第2の3記載の戸籍中、戸主高田忠の身分事項欄末尾に「昭和三二年法務省令第二七号により昭和三八年四月三〇日あらたに戸籍を編製したため本戸籍消除」と記載する。
別紙1
胆沢郡○○村字○○町○××番地戸主田口嘉一郎
弟
妻
父
田口嘉一郎
参女
参女昭和八年六月拾九日田口与三郎卜婚姻届出同
母
タツノ
日入籍
家族トノ
続柄
弟与三部妻
昭和拾六年四月五日夫与三郎分家ニ付キ共ニ除籍
ヤエ
出生
明治四拾弐年拾壱月弐拾五日
別紙2
胆沢郡○○村字○○町○××番地戸主田口嘉一郎
妻
父
田 口 嘉 一 郎
参女
参女
母
タツノ
昭和八年六月拾九日田口与三郎卜婚姻届出同日入
ヤエ
籍
昭和拾六年四月五日夫与三郎分家ニ付共ニ入籍
昭和参拾四年拾月拾日夫与三郎死亡
出生
明治四拾弐年拾壱月弐拾五日
別紙3
明治四拾弐年拾壱月弐拾七日出生届出同日受付入
父
田 口 嘉 一 郎
参女
籍
母
タツノ
ヤエ
出生
明治四拾弐年拾壱月弐拾五日
別紙4
高田辰之助と婚姻届出昭和弐年参月参拾壱日受付
妻
父
高 田 壮 吉
弐女
昭和拾五年弐月弐拾九日夫辰之助分家ニ付共ニ入
母
キヌイ
籍
カヨ
昭和弐拾壱年八月参日夫辰之助死亡
出生
大正元年拾壱月拾日
別紙5
高田辰之助卜婚姻届出昭和弐年参月参拾壱日受付
母
父
高 田 壮 吉
弐女
昭和拾五年弐月弐拾九日夫辰之助分家ニ付共ニ入
母
キヌイ
籍
カヨ
昭和弐拾壱年八月参日夫辰之助死亡改製により新
戸籍編製につき昭和参拾四年七月弐拾日除籍
出生
大正元年拾壱月拾日
別紙6
昭和弐年参月参拾壱日高田辰之助(昭和弐拾壱年
父
高田壮吉
弐女
八月参日死亡)と婚姻届出同日受付
母
キヌイ
カヨ
出生
大正元年拾壱月拾日